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和歌で綴る『奥の細道』室の八島

室の八島
江戸と日光の中間地点の間々田を過ぎ、小山を経て4号線日光街道を北上し、小金井北の信号を左に国分寺町を抜け惣社町に入り、しばらく走ると小さな森が見えてきます。細長い杉木立の参道の真正面に鬱蒼と茂った木々の間から清楚な社が顔をみせます。この人影のない大神(おおみわ)神社は昔から多くの歌人の心をとらえた「煙の歌枕」の名所だったのです。
 まずは室の八島を探すのですが、どこにあるのかなかなか見つけることが出来ません。境内の立て看板脇の小さな鳥居をくぐると確かに八つにみたてた島が水に浮かび、赤い橋や細畝で繋がっていて、各々に小さな祠が祀られているだけでした。これが古来から有名な歌枕の「室の八島」?
と思うとトホホ‥‥という感じです。

●一夜にし 身籠もる姫の 疑いを サクラはそそぎ まさ種あかす

【糸遊に 結びつきたる 煙哉】芭蕉
 『奥の細道』の中で、同行曽良が曰、此神は木の花さくや姫の神と申て、富士一躰也。と言いましたのは、神代に富士の裾を開拓したニニキネノ命が今の静岡県富士宮市大宮富士山本宮浅間神社に寄りましたとき、宮を預かっていたオホヤマツミノ命の娘のアシツ姫と出会うのです。
 ニニキネ命は一夜の契りで身籠もったアシツ姫を嫉妬深い姉の告げ口で疑いました。心傷ついたアシツ姫は自分が不貞を働いたのなら生まれた子供は焼け死ぬだろうと、潔白の禊ぎを一本のサクラにたくし、富士の裾に室を作って、自ら火を付け身をも犠牲にしたのです。炎はもえ盛り室は火の海です。暑さに子たちは、もがき苦しんでいるとき空から龍が舞い下り水を吹きかけ、一人ずつ這い出すのを助けました。村の人もこれに気づき大急ぎで火を消して姫も助け出したのです。すると6月の季節はずれなのに、アシツ姫に託されたサクラがみごとに咲いて恥をそそいでくれました。以来このサクラが毎年、6月になると花を絶さないのでニニキネノ命はアシツ姫をコノハナサクヤヒメと名付けたという「死と再生」の神話によるものです。このとき生まれた子は、ホデリノミコト、ホスセリノミコト、ホオリノミコトの3神です。芭蕉の言う火々出見の尊(ホホデミノミコト)はホオリノミコトの別名で山幸彦という名前で知られています。後に弟の山幸彦は父君ニニキネノ命の後を継いで皇位につかれたのです。
 


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コメント 5

栃木市惣社町の住人

「これが古来から有名な歌枕の「室の八島」?と思うとトホホ‥‥という感じです。」について

江戸時代の池は今よりずっと大きな池でした。そしてその池は江戸時代を代表する室の八島でした。ところが、神社がこんな人工の池は室の八島ではない(当然です)として、作り変えたのが今の池です。この池は小島に祭ってある小祠をお参りできるようにと作られたもので、島に渡れるよう橋を架け、島の表面を平らにしてあります。ですからこの神社がこの池を(通説)室の八島であると宣伝するのは大間違いです。
by 栃木市惣社町の住人 (2010-01-01 10:48) 

栃木市惣社町の住人

「大神(おおみわ)神社は昔から多くの歌人の心をとらえた「煙の歌枕」の名所だったのです。」となるのは戦後です。戦後になりますと「奥の細道」の解説書が、室の八島とは神社である、神社であると書きますので、神社が室の八島になってしまったのです。

記紀神話は確かにお書きになったとおりです。しかし、曾良の話では無戸室で誕生したのは火々出見の尊だけです。他の2神が一緒に生まれたかどうかは無用の話です。火々出見の尊は木の花さくや姫がなる前のこの神社の祭神だったのです。それは江戸時代が始まる頃の話です。
by 栃木市惣社町の住人 (2010-01-01 11:13) 

栃木市惣社町の住人

【糸遊に 結びつきたる 煙哉】の句には、陽炎の立たないこんな鎮守の森は室の八島ではないだろうの意味が含まれています。この句碑が大神神社境内に立てられているからお笑い草。

芭蕉が江戸で聞いていた室の八島とは「かつて栄えた室の八島の町も、今では寂れて陽炎の立つような場所に変わってしまった」という話です。
これが当時の江戸の町の人が抱いていた室の八島のイメージです。井原西鶴も同じイメージを持っていました。

by 栃木市惣社町の住人 (2010-01-01 11:27) 

栃木市惣社町の住人

曾良が話したのは記紀神話ではありません。この神社の縁起、つまり当社の由来です。そしてその縁起は、記紀神話から一部を借りてきて、それを作り変えて作ったものです。

それも正しいのですが、より正確には、当時の浅間神社の縁起の一部「浅間神社の祭神木花咲耶姫の故郷は下野国(の室の八島)である」をこの神社の縁起としたものです。
by 栃木市惣社町の住人 (2010-01-01 12:05) 

栃木市惣社町の住人

従いまして「此神は木の花さくや姫の神と申て、富士一躰也」の意味は、

この神社は浅間神社の分社であるという意味ではなく、反対に「浅間神社の祭神木花咲耶姫の故郷である室の八島にあって、木花咲耶姫を祭神とするこの神社は浅間神社の親神社である」となります。芭蕉の時代には確かにそういうことになっていました。
by 栃木市惣社町の住人 (2010-01-01 12:37) 

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