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和歌で尋ねる『奥の細道』村上

 象潟をあとに鳥海山を左に見ながら国道7号線を南下します。大山に入る途中、14世紀に現在地に移った曹洞宗総持寺の直末の善宝寺に寄ります。名刹にふさわしく重厚な山門をくぐると左手に五重塔がたち右手には羅漢堂があって、正面の階段をのぼると本堂の前に出ます。ここからの眺めはすばらしく鶴岡市街の先に月山を遠望することができるのです。旅の途中で月山が見えるときまって懐かしさを覚えるのです。
 その善宝寺から5分ほどで大山の古社、椙尾(すぎお)神社があります。大山は千年の歴史を誇る酒造業の街ですが、現在は酒造元は数件までに激減しています。
この先は由良坂峠を越えて由良の海岸に出て、海岸から15分ほど山間に入った温海温泉に泊まります。ここの朝市は歴史も古く名が知られているので朝一番に出かけましたが、土産店が立ち並ぶ雰囲気で昔ながらの路上の朝市とはかけ離れたものでがっかりしました。
 宿を出ると温泉街の反対側にある熊野神社に旅のお礼を拝して奥羽三古関の一つ鼠ヶ関(念珠)を通過したのは朝の10時くらいです。国道7号をさらに南下すると朝日トンネルが見えてきますが、トンネルの入り口の手前を左にクイックターンする形で山に分け入ります。南下する葡萄峠のルートは道幅も狭く、湧き水が溜まっている所は、車を降りて水の深さを確かめ、筋道を付けて水を山下に逃がさなければ越えられない所もありますので、むしろ朝日トンネルを通過して、村上の方から葡萄峠を目指し、矢向明神の所から折り返し来た道を戻る方が安全かも知れません。
 その矢向明神は、奥羽の帰り道、源義家が余った矢で社殿の屋根を葺いたと言う伝説があり別名矢葺明神とも呼ばれています。陽は傾き掛けているものの、まだ高いのですが明神岩が立ちはだかる崖下の小さな祠は薄暗く、どうにも薄気味悪いので早々に立ち去ることにします。
 こうゆう緊張が一番疲れるので村上の街の灯りを目にしたときはホッとします。

   ●村上の 夜の静寂 徘徊し 〆張鶴の 杯を重ねし

 村上は三面(みおもて)川から鮭の遡上することで昔から名を知られています。魚が泳いでいる資料館がありここを訪れると、村上の歴史や鮭の遡上する生活がよくわかります。芭蕉は村上を出発する朝、寺町のめずらしい白壁土蔵造りの浄念寺に寄っています。村上市街を抜けて三面川の川口、瀬波の港に寄って、芭蕉も見たという対岸の多伎神社を眺めるために浜に降りました。確かに対岸に小さく社は見えはしましたが、奥羽のスケール大きい風景を見てきた芭蕉にとっては、きっと物足りなかったはずです。作家のS先生は砂浜の小さな貝殻を拾うことに夢中でしばらく遊んでいました。近年出来た瀬波温泉を抜けて、古代の豪族物部氏の祖先にあたるご祭神ニギハヤヒを祀る石船神社に向かうことにします。


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